香りの実践・生活

愛用品には、時間の匂いがする

道具は、使い込むほど匂いを持つ

新品の革鞄には、新品の革の匂いがあります。

木の箱を開ければ木の匂いがするし、新しいノートには紙の匂いがする。買ったばかりのものには、それぞれ素材の匂いがある。

長く使った道具を手に取ったときに感じる匂いは、少し違います。

革そのものとも、木そのものとも言い切れない。

どこか、その人の暮らしに近い匂いがするのです。

何度も手で触れられ、拭かれ、磨かれ、しまわれ、また取り出される。外へ持ち出されれば、雨の日もあれば、乾いた風の日もある。

そうして何年も使われてきたものには、新品にはなかった何かが加わっていきます。

それは、買ったときにはまだ存在しなかった香りです。

新品の匂いは、素材のもの

木には、もともと匂いがあります。

木材からはテルペン類やアルデヒド類など、さまざまな揮発性成分が放出されていて、樹種によってその組み合わせも異なります。[1] 私たちが「木の匂い」とひとまとめにしているものの中にも、本当はいくつもの違いがあります。(MDPI)

革も同じです。

なめしや仕上げの工程を経た革からは、さまざまな揮発性成分が放出されています。[2] 革製品の店に入ったときに感じる、あの独特の空気にも、素材と加工の履歴があります。(PubMed)

しかしながら、その匂いは永遠には同じではありません。

木の香りは少しずつ穏やかになり、革は乾いたり、油を含んだり、表面につやが出たりする。

そこから先に始まるのが、「その道具の匂い」なのかもしれません。

手入れは、ものとの会話に似ている

革靴を履いたあと、ブラシをかける。

鞄が少し乾いてきたら、薄くクリームを塗る。

木の道具を使ったあとには汚れを落とし、濡れていれば乾かしてからしまう。

庭仕事を終えた鋏には土がついている。刃を拭けば、土の匂いと、切ったばかりの葉や茎の青い匂いがわずかに残る。

万年筆なら、キャップを開けた瞬間にインクの匂いがする。

こうした行為はどれも、小さなものです。

わざわざ「大切にしています」と宣言するようなことではありません。

ただ、使ったら戻す。
汚れたら拭く。
乾いたら油を入れる。
切れなくなったら研ぐ。

それを何年も繰り返す。

考えてみれば、ものを大切にするということの大半は、こうした名もない反復でできています。

そして、その反復には匂いがあります。

油の匂い。
木の匂い。
金属の匂い。
インク。
紙。
土。
植物。

ものを手入れするたびに、その道具が生まれた場所にはなかったものが、少しずつ加わっていくのです。

土の匂いまで、持ち帰る

庭仕事をした日の道具は、ことさら分かりやすいかもしれません。

雨のあとに土を掘ると、独特の湿った匂いが立ち上がります。

この「土らしい匂い」に関わる代表的な物質のひとつが、土壌中の微生物などがつくるゲオスミンです。[3] 人はこの物質を非常に低い濃度でも感じ取ることができます。(PubMed)

けれど、庭仕事を終えたあとに鋏や移植ごてから感じるものを、私たちは「ゲオスミンの匂い」とは考えません。

今日、庭にいた匂いです。

鉢の土を入れ替えたこと。枝を一本切ったこと。伸びすぎた葉を整えたこと。雨上がりだったこと。

化学的には小さな揮発性物質の集まりであっても、人の側には一日の出来事として残ります。

だから道具の匂いは、不思議です。

物質の匂いなのに、いつのまにか時間の匂いになっている。

愛用品は、少しずつ固有名詞になる

新品の鞄なら、同じものを店で買うことができます。

同じメーカー、同じ革、同じ色。

けれど十年使った鞄と、まったく同じものを買うことはできません。

角の丸まり方も違う。革についた細かな傷も違う。手で触れる場所だけにつやが出ていることもある。

匂いも、そのひとつです。

新品だったころには素材の匂いだったものが、次第にその人の生活の側へ寄ってくる。

家の中で過ごした時間。外へ持ち出された季節。手入れに使われてきた油。しまわれていた棚。

一つひとつは、ごく微かな違いでしょう。

それでも長い時間が重なれば、その道具は「革の鞄」という一般名詞から、少しずつ別のものになっていきます。

私の鞄。
あの机。
いつもの万年筆。

愛用品とは、そうやって固有名詞になった道具なのかもしれません。

買うことのできない香り

香りというと、私たちはつい、どこかから加えるものを想像します。

香水を纏う。香を焚く。花を飾る。香りのよい石鹸を使う。

けれど、暮らしの中には、意図してつくらなくても生まれてくる香りがあります。

長く使われた木の机。

手入れされた革の鞄。

土のついた園芸道具。

何度もインクを入れ替えた万年筆。

それらの匂いは、売り場で選ぶことができません。

同じ香りを瓶に詰めて買うことも、おそらくできません。

なぜならそこに含まれているのは、素材だけではないからです。

使うこと。
手入れすること。
しまうこと。
また取り出すこと。

そうした時間そのものが、少しずつ物の側へ移っている。

私たちは、ものを長く使うことで、その形を変えているだけではありません。

気づかないほど小さなやり取りを重ねながら、そのものだけが持つ香りまで育てているのかもしれません。

ものを大事に扱うという作法は、とても静かなものです。

けれど何年も経ったあと、その痕跡は、傷や艶だけでなく、匂いの中にも残ります。

香りは、身につけるものばかりではありません。

暮らしているうちに、こちらから物へ渡していく香りもある。

長く使った道具からふと立ち上がる匂いは、その人がそこに費やしてきた時間の、ほんの小さな年輪なのです。

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